
あらたなる開拓時代へ
2007年2月19日曇り0℃
久しぶりの日記。タイトルが決まってようやく書き始めることが出来た。気付いてみればもうバレンタインデーも過ぎた2月も半ば。スキーシーズンも早くも半分すぎてしまっている。子供たちをつれてもっと行かないと...コーディーも13歳多分近いうち僕とは行きたくなくなっていくんじゃないかなとも思える。もっと一緒の時間過ごさないと。親子で海水浴したことが3年ほど前の10月に名古屋近郊の内海で泳いだことしかないのでカナダのシーズンオフにメキシコなんかにも一緒に行ってみたいな。その前に日本にも行っとかないと。コーディーもニコラスも3年以上行ってない。僕も最近の日本帰国は葬式だったり親の介護とか呼ばれてというか「行くしかない」感じだったので、友達と会って美味しいもの食ってユニバーサルスタジオいって(息子たちによるとディズニーランドではないらしい)中日ドラゴンズの野球見て、(そういえば5月のマリナーズVSヤンキーズ(KIDSのファンチーム)を車で14時間くらいかけてシアトルまで見に行く予定。ネットでチケットうまく取れるといいんだけれど。)
両親もどうにか夫婦仲良く名古屋でやっているようだし。子供連れてお騒がせしに行こうかな。
下の写真は左からコーディ13歳、ニコ3月27日で10歳。レイクルイーズにて

さてさて長いこと日記をかけなかったのにもやはりそれなりに訳が....言うべきか言わないべきか考えてるといつまでたっても何も書くことが出来そうにないので告白。
色々あったのですが昨年ジョスリンとは離婚しました。国際離婚です。結論的にはジョスリンがもう一度人生を新しく始めたかったのではないかというのが僕の想像ですが男と女というのは難しいものですね。40歳になったらもっとわからなくなってしまいました。そのあたりについてはまた色々皆さんにもお聞きしなければいけないことかもしれません。当の本人の僕自身はのんびりノホホンと欲も無く過ごしていてもよかったのですが彼女は残りの人生を謳歌したかったらしく、中々僕の人生まだまだノホホンとはさせてくれないようで、20代のようには軽くはないすこし錆びれた腰を上げ新たに道を開拓し始めました。子供たちと一緒に歩いていく少し広めの道なので少し大変ではありますが名古屋で親の介護をしてたときよりも、これこそ僕の求めたものですので充実感、生きてる実感はあります。開拓といっても10年以上もしているこのモナークが何か変わるとかいうことはありませんが色々、忘れかけていた「今しかできないこと」が次から次へ出てきています。今子供たちは月の半分を僕とここで過ごし半分はジョスリンと過ごしています。子供たちにとって離婚は悪い影響になるのではとかなり心配もしましたし今もしていますがどうやらここカナダではよくある事のようで今の所It
is alrightといったところです。名古屋の友達の保父さんにも子供の心理的を聞たところ「子供たちは大丈夫。それより君自身がまだやり直しがきく歳でよかったね」と励ましてくれました....40にして惑わず。「実は惑いすぎています」と言った所なのですが何とか人生やり直しがきくと信じる力で乗り切っています。これは小さいときから親や親族、友達、先輩出会った人々と色々語り一緒に体験したことが生かされてるんだなとかんじてます。ここには書ききれませんが結婚そして離婚と言うのはなんなのでしょうか?
今回は書き上げるまでにかなりの時間をかけました。ご家族連れや女性一人旅の多い当モナークです。もしかしたら離婚したことを知らせてしまうのはマイナスになるのかもしれません。僕にとってもここ2年ほどは妹が亡くなる事から始まり母親が倒れその後離婚、そして名古屋での9ヶ月にも及ぶ介護そしてまたカナダに戻っての生活。人生本当に色々あります。さすがの楽観男もちょっと凹みました。こんなことをホームページで書くこともおかしな話ですね。
これから海外旅行をされる方というのは幸せな時間をお持ちの方なのだとおもいます。そして色々な事も抱えてるのかもしれません。ただ僕はここカナダのロッキー山脈のモナークを訪れた方により最高の時間を肩の力を抜いて送ってもらいたいのです。美しいものをより美しく、楽しいことをより楽しく。きっと「男はつらいよ。寅さん」のように笑いあり涙ありのように!!そして振り返っていただいたときにありゃ最高の旅行だったなと思っていただけるよう。がんばります!!
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そしてカナダに帰ります。介護していた名古屋からカナダへ'06June
海外にすむものにとっての親の介護とは?
クリスマスと新年のご挨拶